2017年4月6日木曜日

お金についてのひとりごと

ギフト経済、ギフト・エコロジー、地域通貨、物々交換。
どれも素晴らしい取り組みだと思うし、それらを経験することで沢山の学び、気付きが得られるとも思う。
それはとても勇気のいる、しかし希望に満ちた冒険だ。
そしてその冒険を共に出来る仲間がいることも、とても大きな希望。





一方でこうも思う。
お金を払いたくないから、ギフト経済。
お金を払いたくないから、物々交換。
お金を払いたくないから、地域通貨。
negativeな思いを、何かで塗り替える事は出来ない。
何か新しい概念を取り入れていく事も大事だが、それまで持っていた思い込みや想念を見つめて、受け止めなおして手放すProcessも、一方でとても重要だと思う。
円、ありがとう。
ドル、ありがとう。
メガバンク、ありがとう。
私を支えてくれてありがとう。
愛と感謝と敬意を持って、関係性を新たなものにしていくこと。
・・・



negativeな思いやnegativeな捉え方そのものと対峙して、
その思いや捉え方そのものに変化を起こさなければ、
それは対処療法にしかならないだろう。
風邪ひいて風邪薬飲むみたいに、その瞬間は症状が収まるが、
その症状を生み出す根っこに変化が起きなければ、
いずれ形を変えて新たな症状が出て来る。
その症状の原因を「お金のせい」とか「バビロンのせい」とするのは、
風邪はウイルスのせいとか、環境汚染のせいとか言っているのと一緒で、
結局、根本原因を引き受けていないことになる。
そして自分の身の回りに起こる出来事や、自分の感情や想念の動きの原因を外部に求めている以上は「原因は外にあるのだから、私に出来ることはない」という無力、諦めに繋がり続けることになるのではないかな。




ギフトや交換経済や縄文式や地域通貨や円やドルなどの法定通貨。
それらの形と、それらを取り扱う想念や態度や思い込み。
どちらに変化を起こす事が目的なのだろうか。
法定通貨を壊したらOKなのだろうか。
バビロンを潰したら解決なのだろうか。
敵は外にあるのだろうか。
お金を哲学すること(または瞑想すること)の大切さを、改めて思う今日このごろ。
忘れちゃいけないことは、世界に存在する全ては、愛につながっているということ。全ての存在に僕たちは愛を宿すことができるということ。ドルも円もバビロンも、すべて愛と直結しているということ。